大阪市の「寝たきり防止推進協議会」やったかしら、その団体に知り合いがいる。
彼女は「手の運動」や「100歳体操」などもやってて その核が「ぴんぴんころり」やと言っていたように思う。
父の父(祖父)も私が高校受験が終わったその春休みに ころり と逝った。
いつも「ぴんぴんころり」で死にたいと願った父は ほんとにその様にして逝った。
元々 日用大工が大好きで とても器用だったので、4年前に母が足を悪くして以来、家の中は、すごい便利になっている。
各部屋、全部電気を消したら パイロットランプが少しの間 点くようにしてたり。
ビデオやテレビをまとめておける棚やリモコンケースをつけたり。
キッチンから ベランダに出る所は ベランダを板で床あげして段差をなくし、洗濯物も干し易いようにして。
母が一人でも 快適に暮らしやすいように、いっぱい工夫してある家だ。
父は最後の志願兵(昭和4年生まれ)で、特攻隊志望で 予科練でしごかれて 敗戦を迎えたので 体格も目もすこぶる良かった。
77歳で廃業するまで、紳士帽子の製造販売をしながら私たち姉妹を大切に育ててくれた。
5年前の大阪で、デザイン・裁断から製法・プレスし 問屋に卸すところまでできた 最後の帽子屋だった。
手続きで走り回っている今は、私たち家族や親せきが順に 夜に泊まり込んでいるけど。
「なあ、これどないしよ」と相談する相手がいないと ぼやく母。
「まだ本気で泣いていないので、一人にする時間がいるよ」と夫を亡くした妹が言う。
周りはびっくりやけど、私も逝くなら「ぴんぴんころり」が良いなあ。
桜の時期に。
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